災害支援体験記(2)

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災害支援体験記

大学院生(30代 女性)

 3月中旬の約1週間、千葉県内の津波被災地域で災害支援活動を行いました。かつてこの地域で生活していたことがある私にとって、思い出深いこの地域が甚大な被害を受けたことを知り、「自分の目で確かめたい」と思い活動に参加しました。

 初日の派遣先は海沿いの工場でした。工場内の光景は、あまりにも衝撃的で、3か月経った現在でも鮮明に思い出すことができます。敷地の隅に折り重なっている十数台の車、倒れた机や機械、一番奥の部屋まで埋め尽くす大量の海泥に、津波の破壊力の恐ろしさを実感しました。それ以上に衝撃的だったのは、一面にたち込めるドブのような臭いでした。目に見えるものは、見ないようにするなど、自分の意思で衝撃を和らげることができるのですが、呼吸を止めることはできないので臭いからは逃れることができません。思わず顔をしかめそうになりながらも、「支援に来たのにそんな顔をしていては被災者に失礼」という思いが生じ、しばらくは表情が固まっていたように思います。

 工場内で行った泥のかき出しは、泥の厚さ、硬さ、重さとの格闘でした。部屋を埋め尽くしている泥の厚みは10㎝程度。たかが10㎝なのにスコップ一かきでは床に到達できないほどの泥の硬さ、粒子の細かい海の砂が水を吸った重さは想像以上で、腕や腰にかかる負担に苛立ちを感じながらも、「私は何のためにここに来たのだ」と、必死で目の前の泥をかき出していました。リーダーから「休憩しましょう」と声をかけられでも、「キリの良いところまでやります」と休憩を断ろうとするほど、一点に集中してしまっていました。その時、一緒に作業をしていた方に「奥さん、キリって言ったってこの広さだよ。先は長いよ」と笑われてしまいました。腰を伸ばして後ろを見ると、「少し休んでください」と、工場の従業員の方が冷たいジュースを差し出してくれました。「被災者のため」と感情を抑え、目の前のことに夢中になっていた私を、周りの人たちが逆に気遣ってくれたのです。それに気付くことができてからは肩の力が抜け、怪我をしたり体調を崩したりすることなく活動することができたのだと思います。

 日々の活動終了時に、きれいになった床や積み上げられた土嚢袋を見渡すと、皆で支え合う力の大きさを実感でき、その感動は、翌日の活動への意欲につながるものでした。

 約1週間の活動中、1度だけ救護支援グループに入ったのですが、当初抱いていた、被災者を救護するというイメージとは違い、主な活動内容は、ガラスの破片や木材で怪我を負った支援者の処置でした。負傷者は皆、「革の軍手を持っていないから布の軍手を持ってきた」「暑くて半袖になった」などと話していました。初日に、身体への負担や疲労に目を向けず、活動に夢中になっていた私もそうですが、周囲の人に余計な迷惑をかけることがないよう、自分自身の身を守ることができて初めて、被災者の支援ができるということも痛感した1週間でした。

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