災害支援体験記(3)

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医療救護派遣体験より

千葉県千葉リハビリテーションセンター
看護師 松田 一郎

 今回、千葉県より岩手県への医療救護派遣依頼に基づき、千葉リハビリテーションセンターより、医師・看護師2名・薬剤師・理学療法士・事務の計6名のチーム、期間は4月21日〜25日までの五日間の医療救護支援を行いました。

 今回の派遣について、職場で希望者を募った時、私自身は希望し何かの役に立てればという思いと、わたしが行って何ができるのかという両方の思いがあり自ら希望することを躊躇していました。そのような中、私に声がかかりました。その時、整理のつかなかった気持ちから「指名して下さりありがとうございました」という気持ちでいっぱいになりました。そして、せっかく指名されたのだから精一杯やってこようという気持ちになりました。

 4月22日派遣現場へ向かいました。途中から風景が一変し、見渡す限り瓦礫ばかりの景色となりました。これまでもあらゆる報道等で被災現場の様子は見ていましたが、実際その場に入るのと画面で見ているのとは全く違うものに思え、その迫力に圧倒され、気持が大きく揺さぶられたのを覚えています。しかし、一人動揺ばかりしていられないため、本来の目的である地元医院の診療補助とNPOスタッフや全戸調査をしていた保健師と連携しての避難所訪問、往診やリハチームとして何ができるかを相談し、身体的癒しの提供を目的にした足浴を行なっていました。その中では、家族を失い「自分が(津波に)もっていかれたほうがよかった」とおっしゃる方や一緒に働く地元医院の職員自身も被災しておられ、お話を伺うと切ない気持になりました。

 医療救護支援が終了し、チームとしての支援は結構行えた様に思いました。しかし、しばらく、私は被災地の方へ何ができたのか、何の発想も浮かばず言われたことをしただけで、何も役に立たなかったのではという思いがありました。「大変だったね、御苦労さま」という声が逆に負い目に思えることが続きました。後日チームのメンバーと飲む機会があり、初めて、自分は何もできなかったという思い、押し付けや一方的な支援にならないようにという思い、消極的な行動であったことや気持に寄り添うとはどうすることか等、自分の思いを素直に話すことができました。人に話し、十分に聞いてもらえたおかげで「自分にはあれしかなかった、あれでいいよ」という気持ちになれました。

 今後、支援に行かれる方へ、あれだけの被災地の中で、満足感や達成感等は生まれず、不全感が残ると思います。残って当然と思います。しかしそのままにせず、だれかにその思いを聞いてもらう機会を強引にでも作ることをお勧めします。

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