エンド・オブ・ライフケア看護学への千葉大学の取組

講座について

教員紹介 / 高橋在也(特任助教)

講座の開設にあたって

高橋在也(特任助教)
特任助教 高橋在也

近代日本社会における〈語り〉の場についての哲学・文化史的研究が私の専門です。〈語り〉とは、その人の価値観や世界観に直結して、その人らしさがまぎれもなく現れるような自己表現の経験を指します。〈語り〉は、語るその人の変容に留まらず、社会や文化の形成にとってもおそらく重要な意味があると考えています。同時に、大学、市民教育、刑務所教育の現場に携わりながら、参加者が自らの〈語り〉を探求するような教育実践に努めています。

エンド・オブ・ライフケア看護学の教育実践及び諸研究においては、こうした〈語り〉に関する哲学・思想史研究の背景から、看護学への貢献を行ってきました。エンド・オブ・ライフケア看護学は2012年の論文*1において、エンド・オブ・ライフケアを「診断名、健康状態、年齢にかかわらず、差し迫った死、あるいはいつかは来る死について考える人が、生が終わる時まで最善の生を生きることができるように支援すること」と定義しましたが、この定義の特徴は、エンドステージに立つ患者当事者へのケアのみならず、死について考える人に対して最善の生を生きる支援と定義づけたことと考えます。「死について考える」とは一見抽象的な概念にみえますが、エンドステージに立つ患者の家族はまさに死について「考えざるをえない」重要なもう一つの当事者であり、また若者にとっても自分の肉親(親あるいは祖父母)の病や死にどう関わるかは極めて重要な課題です。私は、自分の身近な人の死とどう付き合ったかの経験は、その人の人生に重要な影響をもたらし、ひいては、エンド・オブ・ライフにおいて主体的な意思決定ができる人間の形成という問題に直結していくと考えます。それゆえ、こうした「死を考える」ことへの支援をエンド・オブ・ライフケアとして定義したのは、一見迂遠な定義にみえながら、医療措置のパラダイムを超えて地域に定着するケアのあり方を模索する上で重要な問題提起を含むと考えます。

国際社会と比較して、日本社会におけるエンド・オブ・ライフケアの文化的問題点を考えると、実に興味深い論点があります。日本社会は「お盆」をはじめ死者を迎え送る行事が伝統化し今日まで続いています。また、家庭においてさえ、「仏壇」のように死者を生活の場に迎え入れる伝統が根付いています。その一方で、いわば生きている私たち自身が死や病を主体的に考えたり話したりする場は圧倒的に少ないのです。こうした問題を見据えつつ、日本社会におけるエンド・オブ・ライフケアの文化的問題と今後の方向性を模索する研究を継続中です。

*1 Izumi S. et al., Defining end-of-life care from perspectives of nursing ethics, Nursing Ethics, 2012; 19 (5): 608-618.

略歴

氏名
高橋 在也(たかはし ざいや)
職名
特任助教
学位
修士(教育学)
担当科目学部
生きるを考える、生活文化とエンド・オブ・ライフケア(普遍教育)
大学院
エンド・オブ・ライフケア看護学I
研究テーマ
  • 〈語り〉を手法とするエンド・オブ・ライフケアの実践の意味に関する哲学的研究
  • 近代日本における〈語り〉の文化の思想史的研究—地方における文芸誌を中心に—
研究業績

原著論文

  1. 高橋在也(2008)「『ユートピアだより』再考−労働における精神の自由について」三宅晶子編『身体・文化・政治』千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書、第156集、5-24頁
  2. 高橋在也(2009)「知識とはわたしたちにとって何か―近代における「知識人」論から」佐藤和夫編『民衆の営みと思想からとらえる近代化過程に関する協同研究』平成19-20年度東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科院生連携研究プロジェクト研究報告書、23-32頁
  3. 高橋在也(2009)「戦時下知識人家庭の「家内文化」―思想がうまれるとき」唯物論研究協会年誌『唯物論研究年誌』第14号、青木書店、277-302頁
  4. 高橋在也(2010)「〈家族〉関係で友情は成り立つのか、または、愛の変容」米村千代編『日本社会における「家」と「家族」の位相』千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書、第210集、65-83頁
  5. 高橋在也(2011)「北村透谷における愛と話しあいの経験―近代家族をこえる試みとして―」総合人間学会年誌『総合人間学』第5号、学文社、113-123頁
  6. 高橋在也(2014)「人間にとっての〈語り〉の根源性―年を重ねた者と〈語り〉の場の生成―」総合人間学会年誌『総合人間学』第8号、総合人間学会、251-260頁
  7. 高橋在也(2015)「民主主義の発生源としての「政治的徳」―ダグラス・ラミス『ラディカル・デモクラシー』から見えるもの―」総合人間学会年誌『総合人間学』第9号、総合人間学会、151-162頁

総説

  1. 高橋在也(2015)「ウィリアム・モリス―ヴィジョンを発光する多面体」『POSSE』、第26号、堀之内出版、206-220頁

その他の論文(調査論文・報告論文)

  1. 高橋在也(2010)「ブルトン語言語運動の歴史と現在」佐藤和夫編『国民国家形成と固有の文化をもつ人々に関する中仏日の協働比較研究』平成20-21年度東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科院生連携研究プロジェクト研究報告書、16-21頁
  2. 高橋在也(2010)「言語民主主義とディアスポラ 21世紀の新しいアイデンティティ」佐藤和夫編『国民国家形成と固有の文化をもつ人々に関する中仏日の恊働比較研究』平成20-21年度東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科院生連携研究プロジェクト研究報告書、101-104頁
  3. 猩々紘怜、高橋在也、牧野貴帆 (2012)「生きるための基盤を守る闘い—伊江島の土地闘争を考える—」佐藤和夫編『アイデンティティ変遷の歴史的・地域横断的研究』平成22-23年度東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科院生連携研究プロジェクト研究報告書、53-65頁
  4. 高橋在也(2015)「越境と再統合―現代社会における子どもの問題をめぐる四報告からの示唆」総合人間学会年誌『総合人間学』第9号、総合人間学会、163-167頁
  5. 高橋在也(2016)「生と死を受けとめ語る場のいままでとこれから」千葉大学大学院看護学研究科エンド・オブ・ライフケア看護学編『エンド・オブ・ライフケアを支える語り合い学び合いのコミュニティづくり』、千葉大学大学院看護学研究科エンド・オブ・ライフケア看護学、100-108頁
  6. 高橋在也(2016)「エンド・オブ・ライフケア看護学研究の推進」千葉大学大学院看護学研究科エンド・オブ・ライフケア看護学編『領域横断的エンド・オブ・ライフケア看護学の構築』、千葉大学大学院看護学研究科エンド・オブ・ライフケア看護学、66-73頁
所属学会
唯物論研究協会
総合人間学会
日本生命倫理学会