私たちは2007年から亥鼻IPEを実施しています
現代の医療を取り巻く課題
近年、医療はあまりに急激に高度化・細分化し、「患者・サービス利用者中心の医療」どころか、「患者不在の医療」といわれるような状況が生まれてきました。その結果「高度なことはやっているけれど、患者・サービス利用者がやって欲しいこととは違う、意思とすれちがっている」ということが実際に起きてしまっています。医療は患者・サービス利用者のためのものであるのに、その患者・サービス利用者が蚊帳の外になってしまっては意味がありません。
患者・サービス利用者中心の医療を提供するには、それぞれの医療専門職が連携し、協働して切れ間なく高品質の医療を実施できる医療体制の構築が必要です。また日々更新されていく医療のもとで提供していくには、お互いの職種の弱みをフォローするだけでは足りません。お互いの能力を理解しあって高め合う関係が必要です。つまり、それぞれの医療専門職が専門的な高い能力を身につけているばかりではなく、他の職種の専門性を理解しお互いを高め合う、人間的な信頼関係や敬意の念のもとにある、連携の能力が必要となっています。
しかし、現実として、それぞれの専門職が同じ空間にいながらも、バラバラに働き、自分が身につけた専門性も発揮できず、忙しい中で、精神的にも孤立し、疲弊し、離職においこまれてしまうという状況もあります。新人医師や看護師の離職率は高いままで、そのことが医師不足や看護師不足を生み、さらに現場の負担と閉塞感を増して行くという、悪い循環が重なっています。孤立を防ぎ、自らの専門性を発揮しつつ連携や協働していくには、職場環境の改善ももちろんですが、個人にも「コミュニケーション能力」、「倫理的感受性」、「問題解決能力」が身に付いてなくてはいけません。とくに必要となる「コミュニケーション能力」は社会では当たり前のように要求されます。
千葉大学医療系学部の危機感
千葉大学は、医学部、薬学部、看護学部という同規模の3つの医療系学部を、同じ亥鼻キャンパス内に有しており、また3学部ともそれぞれの学問領域において長い歴史と伝統を有しているという点で、国立大学法人で唯一の大学です。私たちは、それぞれの学部で積み重ねてきた固有の歴史や文化、独立した教育体制をもち、高度の専門性を追求する教育に取り組み、数多くの卒業生を生んできました。
私たちは確かにこれまで、自覚的に専門職者としての「問題解決能力」の育成には懸命に取り組んできました。しかし「コミュニケーション能力」、「倫理的感受性」については、初歩的な知識を教示するのみで、実践的能力まで結びつけた教育まで十分に行ってはきませんでした。つまり、千葉大学には学部教育の過程で、他者や他職種と連携できる能力を身につける教育課程はなく、また、学部間の交流も連携した教育活動もほとんど行われてきませんでした。
このような状況を反省し、私たちは現代の医療現場で求められる能力と、医療教育で育てる能力とのギャップを埋めていくために、これまでのような学部単独の教育体制を超えた取組が必要であると考え、同じ医療系の3学部の学生たちがともに学び合い、「コミュニケーション能力」、「倫理的感受性」、「問題解決能力」といった連携する能力を身につける教育プログラムの開発に向けて動き始めます。
亥鼻IPEの実施へ
私たちは、こうした医療と医療教育の現場での問題を解決していくための教育課程として、専門職連携教育(Interprofessional Education; IPE)に注目していきます。
最も早くIPEに注目したのは、看護学部であり、2005年度に看護学部長裁量経費、2006年度に学長裁量経費を得て、IPEの先進モデル大学を有する英国視察を行いました。のち医学部、薬学部も連携し、研究・検討していくにつれ、専門職連携実践(Interprofessional Work; IPW)を推進できる、「自律した医療組織人」を育成する必要性を確信していきます。
その後、国内の先駆的取り組み事例の視察や文献検討を行い、これらの知見をもとに千葉大学医療系3学部、すなわち、医学部、看護学部、薬学部の専門職連携教育プログラム(=亥鼻IPE)を開発し、2007年度5月からスタートさせました。
のち2007年10月に「文部科学省現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム)自律した医療組織人育成の教育プログラム―専門職連携能力育成をコアに置いた人材育成―」(平成19~22年度)を獲得、さらに2011年度より「文部科学省特別経費プロジェクト分(高度な専門職業人の養成や専門教育機能の充実)専門職連携能力の高い医療系人材の持続的育成のための基盤強化」(平成23~25年度)を獲得し、拡大・継続しながら、患者・サービス利用者中心の医療を担う、自律した医療組織人の育成に取り組んでいます。
亥鼻IPE関連年表
年月 | 亥鼻IPE発展過程と関連する出来事 | 資金獲得状況 |
---|---|---|
1874年 | 千葉町共立病院設立 付属医学校 | |
1882年 | 県立千葉医学校および医学部附属病院に改組 | |
1890年 | 第一高等中学校医学部薬学科設置 | |
1901年 | 千葉医学専門学校薬学科に改称 | |
1923年 | 千葉医科大学に昇格 | |
1925年 | 千葉医科大学付属薬学専門部 | |
1949年 | 千葉大学医学部・薬学部発足 | |
1975年 | 千葉大学看護学部設置 | |
1978年 | 医学部附属病院完成 | |
1979年 | 看護学研究科修士課程設置 | |
1987年 | 英国CAIPEがIPE推進のために設立 | |
1993年 | 看護学研究科博士課程設置 | |
1998年 | ブリストル王立病院医療過誤特別調査委員会設置 | |
1999年 | 埼玉県立大学開学 理念「連携と統合」サザンプトン大学IPE New Generation Project 発足 | |
2000年 | 英国ヴィクトリア・クランビア事件 | |
2005年3月 | 看護学部教員、英国IPEに関する情報収集を開始 | 看護学部長裁量経費 |
4月 | 千葉大学憲章制定 | |
2006年3月 | 看護学部教員、英国レスター大学IPEプログラム参加 | 千葉大学学長裁量経費 |
4月 | 埼玉県立大学、IPEプロジェクトにより特色GP、現代GP獲得 | |
5月 | 英国レスター大学教員が亥鼻キャンパスでIPE講演会 | |
5月 | 看護学部・医学部・薬学部長が亥鼻キャンパスでIPEを展開することを基本的に合意 | |
7月 | 3学部有志教員によるIPE準備初回ミーティング 千葉大学で行う連携教育を「亥鼻IPE」と命名 | |
9月 | 次年度から亥鼻キャンパスでIPEプログラムを開始することを3学部教務委員会が合意 | |
12月 | 看護学部でIPEに関するFDを開催。3学部から50名参加 | |
2007年2月 | 千葉大学IPE推進委員会設置決定 | |
5月 | 千葉大学亥鼻IPE Step1 開始 | |
10月 | 亥鼻IPEが文部科学省の現代GP獲得「自律した医療組織人育成のための教育プログラム」 | 文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(現代GP) |
2008年5月 | 千葉大学亥鼻IPE Step2 開始 | |
11月 | 日本保健医療福祉連携教育学会(JAIPE)第1回学術集会「誰のため何のためのIPEか」開催 | |
2009年10月 | JAIPE第2回学術集会「プロフェッショナリズムの育成とIPE」会場千葉大学けやき会館 | |
12月 | 千葉大学亥鼻IPE Step3 開始 | |
2010年3月 | 千葉大学亥鼻IPE現代GP経費終了 | |
4月 | 「IPE実践能力評価尺度と運用システムの開発」事業開始 | 千葉大学学長裁量経費 |
9月 | 千葉大学亥鼻IPE Step4 開始 | |
2011年3月 | 千葉大学看護学部IPE第1期生卒業 39名医学部附属病院に看護師として就職 | |
4月 | 「専門職連携能力の高い医療系人材の持続的育成のための基盤強化」プロジェクト開始 | 文部科学省特別経費事業 |